臆病なまでに周到な準備と計算

勝ち負けの責任は俺がとる。選手はグランドで全力を出せ。監督は選手の一挙一動をよく見てる。ピンチでは動かないが選手が動揺すれば動く。野球は心理戦であることをよく知っている。腹の中を読まれてはならない。読まれたら相手は手を打ってくる。性格もあるがだからぶっきらぼうなのだ。

勝利至上主義の采配は面白みがない。完全試合目前で投手交代。目的のためには一切の情を捨てる。「勝つ思いに選手、コーチが全員なるためにどうするのか」それを毎日考えていたんだなと今わかる。

うまくなるには練習しかない。練習だけは嘘つかないが誤魔化しは利く。目的を持った練習量だけが生きる。練習とは本番への準備。本番を強く意識、シュミレーションした練習とは厳しいものなのだ。

毎年、開幕直前、全幅の信頼を置く右腕・森繁和ヘッドコーチが各投手の勝ち星を想定する。それを基に落合は年間計画を立て、4月の1試合目から10月の144試合目までのシミュレーションを行なう。黒い手帳に記された、その数字の合計は、だいたい優勝ラインの80勝前後。驚くべきは、8年間、この「年間計画」に大幅な狂いが生じなかったという事実だ。

「周りとオレとでは見ているところが違うんだ。みんなは、この試合の勝敗だけを見ているかもしれない。でも、オレはシーズンをトータルで見ている。見ているところが違うんだから、話が噛み合わないはずだよな」

 落合が敗戦の後、余裕のコメントを残す理由がここにある。遠征に出る前の晩、カバンに荷物を詰める。必要なものすべてが整頓され、あるべき場所に納められたそのカバンには、ペットボトル1本入る隙間もない。電話がかかってきそうな相手には先に電話をかける。春には秋のことを、夏になれば来春のことを考えている。
臆病なまでに周到な準備と計算をする。だから感情や、その場の勢いに頼らない安定した戦いができる。逆に計算できないことは大嫌い。ビッグプレーもするが好不調の波が激しい選手より、常に計算内のプレーをする選手を起用する。だから、長丁場に強い。それが8年間でリーグを4度も制した指揮官の本質だ。