親日国 ベトナム

ベトナムの人口は約9000万人。東南アジア諸国連合ASEAN)有数の人口を抱える有望市場である。南北1600kmに縦に伸びる地形であり、首都ハノイを中心とした北部と商都ホーチミンを中心とした南部は、分断の歴史を持ち、気候や人々の気質も異なる。北部は製造業を中心に中国との経済的な結びつきが強い一方で、南部はメコンデルタ経済圏の一角として、ASEAN近隣諸国とのアクセスが近年強化されている。ベトナムへの外国直接投資は、2011年までの累積で約2000億米ドル。日本はシンガポール、韓国に次ぐ3位だ。ASEAN域内でもタイ、インドネシアと並ぶ有望市場として注目を集めている。

ベトナムは、世界でも有数の親日国の1つです。インフラ整備への政府開発援助(ODA)や技術供与などの各種サポートや、市場経済システムへの移行のための後押しにも、日本政府は積極的に関与してきました。特に、今回で第4フェーズを迎える日越共同イニシアチブは、ベトナムの市場開放に向けた法整備を、日越一体となって推進していく取り組みです。このような取り組みは日本の経済外交の歴史でもまれな事例といえるでしょう。

 このような経緯から、東日本大震災後、日本が原発問題に揺れる最中でも、2011年秋に早々にズン首相自ら原発輸入のスタンスが不変であることを表明するなど、日本の政府や企業を支援しようという姿勢は変わっていません。

 ただ、留意していただきたいのは、ベトナムはバランス感覚に優れた国であるということです。例えば、さきほどの原発輸入に際しては、2020年稼動の1期分(日本は2期分)の入札は日本勢有利といわれる中、ロシア企業が受注しました。これには、ロシアからの潜水艦など軍事技術の導入が大きく影響したようです。

 ベトナムは地理的に隣国に囲まれた半島国家です。中国やカンボジアなどの強国といかに伍していくかという点に、国家を挙げて力を注いできました。それゆえに、急速に影響力を増している中国や周辺国家とのパワーバランスが、日本への距離の置き方にも一定の影響を及ぼしている、という視点も必要だと思います。実際、他国に比べて投資や支援のスピード感や攻めの姿勢が薄い日本の状況に対して、ベトナム政府の一部では「日本離れ」が進んでいるという見方もあります。

消費市場としての魅力は着実に増しています。1人当たりGDPは約1300米ドル強ですが、2大都市であるホーチミンでは3000米ドル、ハノイでは2500米ドルを突破しています。貧富の差の大きいASEAN諸国の中では、相対的に中間層の裾野が拡大している点も特徴です。これには、社会主義国家であることも影響していると思います。

 消費の嗜好や価値観も多様化しつつあります。ベトナムで代表的な消費財といえるバイクが好例だと思います。ホンダ、ヤマハ、スズキの3大日系ブランドが市場の約9割を占め、依然として主流ですが、近年はファッションへの意識の高い若年層を中心にイタリアンブランドの「Vespa」なども徐々に普及が進んでいます。

 また、新しい消費スタイルを生み出している点で注目されているのが、日系のコンビニエンスストアです。ファミリーマートミニストップが既に進出し、事業展開を進めています。08年くらいまでは主なコンビニの利用者は外国人旅行客くらいでしたが、今ではイートインコーナーでおにぎりやカップラーメンを食べる地元の若年層の姿が日常的な風景となっています。特に、地場コンビニ大手と提携したミニストップは効率的な市場参入を果たしたと思います。

 一方で、他のアジア諸国と同様に、韓国企業の市場への浸透には目を見張るものがあります。ベトナム在住の韓国人は10万人といわれていますが、これは在越邦人の約10倍にあたります。企業の活動もアグレッシブです。たとえば、ロッテグループは以前から展開していた小売店「ロッテマート」の展開とあわせ、昨年より通販ビジネスを開始しました。一部商品は韓流映画やドラマともタイアップしています。メディア、流通、メーカーがひとつのパッケージで市場開拓を進めている点が印象的です。

一方で、これまで輸出拠点・生産拠点を求める外資からの投資を順調に呼び込んできたベトナム市場の地位は、大きな転換期を迎えつつあります。11年の同国への新規の外国直接投資額は115億米ドルでした。前年と比較すると約3割の落ち込みとなっています。日本企業の同国への旺盛な投資スタンスは底堅いですが、全体では従来の右肩上がりの投資トレンドから、若干様相が変わりつつあるといえるでしょう。

背景の1つとして、インフレ、ストライキなどによる人件費の高騰が挙げられます。実際、足元でも10%台後半の高水準のインフレ率が問題になっており、生産コストという面だけを捉えると優位性は後退しつつあります。生産拠点としてのチャイナプラスワン、という位置づけから、内需型の消費市場としての視点も、今後はますます必要になってくるものと思われます。実際、日本企業のスタンスも変化しつつあります。国際協力銀行の調査によると、ベトナム市場の有望理由として、「現地マーケットの今後の成長性」を挙げる日本企業が「安価な労働力」を11年に初めて上回りました

また、従来の製造業中心の投資から、近年は流通・サービス産業分野での進出も活発になるなど、多様化しつつあります。たとえば、流通大手のイオンが14年をめどに出店を予定しています。また、近年はサイバーエージェントGMOインターネットなどIT分野での投資も活発化してきました。

 こうした中で将来性の高い業種は、コンテンツ販売も含めたeコマース分野です。スマートフォンの普及も近年急速に進み、足元では携帯販売に対する割合は3割程度にまで上昇するなど、eコマース市場拡大の追い風となっています。関連して日本の個別配送など物流サービスや決済のノウハウ、通信販売における商品調達のノウハウを生かす機会が増えてくると考えています。

 ヘルスケアも今後の有望分野です。現在のベトナムの病院や医療環境は、人びとの生活が豊かになっているわりに整備が遅れており、国営や外資の一部の優良病院は軒並み患者数がキャパシティを超えてしまっている状態です。日本企業のオンリーワンのヘルスケア技術には大きなチャンスがありそうです。

09年のWTO加盟以来、同国の外資規制は着実に緩和が進んでいます。ただし、一見、フリーパスで受け入れられているようでも、一部の業種では外資に対する障壁やリスクが存在するケースがあり、留意が必要です。例えば、外資系小売業が、2店舗目以降出店する際、当局の審査をクリアし、認可を得なければなりません。可否の基準が曖昧かつ不透明なため、不確定要素のひとつとなっています。

 脆弱な物流インフラの問題も解決していません。南北間の陸路での輸送は早くても3日かかります。また、都市圏の交通インフラの整備もこれからです。アジア有数の人口密集都市であるハノイホーチミンの渋滞は年々悪化しています。特に2大都市における普及率が実質100%近い二輪車に対して、政府は保有台数を制限するなどの対策を打ち出してきましたが、あまり機能していないのが実情です。地下鉄、バスなどの公共交通機関の整備を政府も急いでいますが、自家用車の普及率が今後上昇するに伴い、事態がさらに深刻化する可能性もあります。

 ベトナムに進出する上での重要なポイントの1つに、優良な地場企業との提携が挙げられます。その際に忘れてはならないのは、この国が一党独裁体制の社会主義国家であることです。国営企業が経済活動の大半を占めており、これまでの日本企業のパートナーといえば、政治力や優良資産を有するこれらの大手国営企業が中心でした。しかし、近年は状況が変わりつつあります。ひとつには、リーマンショック以降、国営企業の事業の多角化に政府から一定の規制がかけられていること、もうひとつは、近年の経済成長に支えられて民間企業も台頭しており、提携先の選択肢の幅が広がりつつあるという点です。

 例えば、ファミリーマートの提携先であるフータイ社は北部を中心に活動する物流卸大手ですが、近代流通の拡大を契機に急速に成長している民間企業です。また、最近では、キリンホールディングスユニチャームのように、地場大手企業に出資する事例も増えてきました。

 食品や消費財メーカーがベトナムに進出する際のひとつのポイントとして、提携先の企業とどれだけサプライチェーンを円滑に構築できるか、という要素が挙げられます。特に、屋台や市場(いちば)などの依然として消費者の購買チャネルとして主流である伝統的な流通網と、急速に成長するスーパーなどの近代流通の2つのチャネルに対して、どれだけバランスよく効率的に販路を築けるか、という点が重視されているように思います。

 また、ベトナム企業も大手は海外市場への展開を積極的に進めるようになってきました。カンボジアラオスなどのメコンデルタの主要市場をベトナム企業と一緒に共同で開拓する、というシナリオも今後現実味を帯びてくるかもしれません。

 このようにベトナム市場は依然として課題も抱えていますが、内需の消費市場を見据えた外資の取り組みはまだ初期段階にあり、今後の成長余地が大きい国といえます。パートナリングやサプライチェーンの構築など、的確な施策を打ち、この成長市場に向き合うことが成功のカギとなります。