静態的戦略論から動態的戦略論へ

1990年代、特に、1995年のWTOの発効以降の貿易促進と資本移動のボーダレス化、およびインターネット資本主義時代が本格化してきた1990年代後半以降、ビジネスプロセスが時間と空間を越えて大規模に展開され始めた。換言すれば、企業の国籍や大小問わず、「弾がいつどこから飛んでくるか判らない」競争環境が到来したことでもある。しかも留意する必要があるのは、従来の欧米日による技術開発力の3極構造が崩壊し、フィンランドイスラエルはもちろん韓国、台湾、シンガポール、そしていまや中国やインド、その他諸国を含む多様な諸国への技術開発力のグローバルな分散化が進展してきた点である。こうして、市場や競争のボーダレス化は、従来の安定的・閉鎖的産業構造の基盤を根底から揺すぶり始めた。

 こうした環境下で、企業が携帯電話や液晶テレビ、パソコンはもちろん自動車であっても、3、4年前と同じモデルを同じ市場に出し続けていたらどうなるだろうか。

 市場や競争環境がタービュラント(Turbulent)な性格を有するようになった以上、企業にとってもまたタービュラントな競争環境に適合的な戦略が不可決となってきた。市場環境がタービュラントであるということは、需要の不確実性がいっそう高まるということであり、そして競争環境が不安定であるということは、いつ競合企業や別の技術が現れるか分からなくなってきたということでもある。こうした状況下では、有効であると思われたポジショニングも一時的なものに過ぎず、また価値があり、稀少であると思われた経営資源もあっという間にすぐに入手可能となり、あまり価値がないものになってしまう。いずれにしても競争優位は一時的なものになってしまう。

 こうした環境下では、適切な戦略を欠くと、製品のライフサイクルは急速に短くなり、その結果、その製品を扱う事業部のライフサイクルも短くなり、そしてその事業部を抱える企業自体のライフサイクルも短くなってしまう。こうして、つぎつぎに未経験の競争環境があらわれてくる中で、競争戦略論もまた、このような競争環境に適合的な戦略としてダイナミック競争戦略論への転換を求められることになった。それでは、ダイナミック競争戦略論とはいったいどのようなものだろうか。


従来の競争戦略論を理論的に踏まえたうえで、さらにダイナミズムを有する戦略論へと発展させるとすれば、基本的には以下の2つの方向性が指摘されよう。
まず第一は、M.ポーターの静態的なポジショニング戦略を、ダイナミックなポジショニング戦略に組み替えること。そして第二は、J.バーニーをはじめとするリソース・ベースト・ビュー(RBV)が指摘する組織能力(Organizational Capability)をダイナミック・ケイパビリティ(Dynamic Organizational Capability)へと転換させること。以上の2点を再構成する必要がある。

こうした観点から、河合忠彦氏は、環境がいかに不確実であってもその背景には何らかの法則性があるはずだと考え、その法則を捉えて対処する「法則型ダイナミック戦略論」としてのダイナミック・ポジショニング論を提起している(河合忠彦、2004)。


BPマトリックスは[既存ビジネス・新規ビジネス]と[内部成長・外部成長]を2軸とする4つのビジネス・ポートフォリオからなり、そしてBCGマトリックスは、[市場の成長性の高低]と[マーケットシェアの大小]の2つを軸とする「負け犬」「問題児」「花形」「金のなる木」の4つの事業から構成される。ダイナミックな環境ではポートフォリオの組み替えにはスピードが不可欠なため内部成長に加えて、戦略的提携やM&Aなどの外部成長方式も組み込まれている。これによって、M.ポーターの戦略論に見られる固定的な位置取りに対し、ある位置から別の位置へと変化させていく動的な位置取り、すなわちDP(ダイナミック・ポジショニング)がより具体的戦略となりうる。

 実際に、こうしたポジショニングをダイナミックに行い、競争優位をダイナミックに創出していくためには、自社内外の経営資源をダイナミックに活用しうる能力が必要となる。

スピードが要求される競争環境下では、自社の経営資源にこだわらずに、内外の経営資源を巧みにベスト・ミックスさせながら新規製品・新規ビジネスを立ち上げていく組織能力が不可欠となる。

ダイナミック競争戦略論は、まだまだ発展途上の理論であり、世界的規模で急速に変化する市場と競争環境の変化に対応するためには更なる再考の余地を残している。