イノベーションとは

イノベーションとは、組み合わせる力「連結力」とでもいいましょうか。既にある技術やアイデアを、組み合わせて、全く新しい技術や製品・サービスに昇華する力を指すのだと考えています。

 ですから、イノベーションは必ずしも何か新しいものや技術を発明すること自体を指すわけではありません。既存の方法をうまくアレンジしたり、別の何かと組み合わせることで、付加価値が生まれれば、それは立派なイノベーションといえます。

 「iPhone」「iPad」「iTunes」など、アップルが世に出してきた製品やサービスをイメージしていただければ、私の指摘している「組み合わせ」の意味がお分かりいただけると思います。これらの製品やサービスは、個々の技術をジョブズ氏やアップルが発明したわけではありませんね。

 しかし、既存の技術を組み合わせ、消費者に響く製品、サービスに仕立てあげたのはアップルであり、ジョブズ氏です。この卓抜した連結力こそが、ジョブズ氏のイノベーションの強さだと思うのです。

 イノベーターは、何よりもまず、「熱いハート」を備えていなければなりません。情熱と言い換えてもいいでしょう。何かを新しく生み出すためには、ほとばしるような情熱が必要です。仕事に対するやる気、モチベーションの源泉ともいえる熱い心がなければ、イノベーションを起こすことは難しいでしょう。


 そのためには、やはり熱くなれる仕事をすることが大事です。自分が心から楽しめると思える仕事をしている時が、人間は一番充実していますし、その楽しさが良い仕事、イノベーションを生み出すのです。ですから、まずは自分が本当に情熱をもって取り組める仕事があるか、そこから振り返ってみることをおすすめします。

 余談ですが、米国では世界金融危機以降、情熱を持って向き合える仕事に就く若者が増えています。金融危機以前は、情熱を傾けられなくとも、金銭的に満たされる仕事に就いていたような学生の多くが今、NPO特定非営利活動法人)などの仕事に携わるケースが増えています。もちろん、就職難という事情もありますが、米国は明らかに金銭よりも自分のハートを優先させる若い世代が増えているのは間違いありません。

 まずは、あなたが今携わっている仕事を振り返ってみてください。本当に、情熱を注いで仕事に向きあっていますか?それが難しいようであれば、自分はどんな仕事に情熱を注ぐべきなのか、考え直す必要もあるかも知れません。大事なのは、妥協をしないことです。ジョブズ氏は、次のように言っています。

 「ハングリーであれ。分別くさくなるな」

 もちろん、今の仕事をすぐに辞めろという話ではありません。今の会社の中でも、きっと熱い心で取り組める仕事があるはずです。本当に充実した人生、良い仕事をするためには、常にそうした機会を自分で探していくことが大切です。

 時間は限られています。どうか、他人の人生を歩んで時間を無駄にしないで下さい。

その2:何をしたいのか。鮮明なビジョンを持つ

 当然ですが、情熱だけではイノベーションは生まれません。すべてのイノベーターは、明確なビジョンを持っています。です。カタカナにすると分かりにくいですが、要は、「自分は、何をしたいのか」がはっきりしているのです。

 例えば、ジョブズ氏は30年以上も前から、パーソナルコンピューターで世界がどう変わるかということを、語り続けてきました。仕事の進め方、子供の教育、エンターテイメント…。パーソナルコンピューターが進化するたびに、その先にある世界を示し続けてきたのです。地平線の先が見えていたんですね。

発明者とイノベーターは違う

 ビジョンは、イノベーションを生むための幹にあたる部分であり、軸のようなものです。これがブレてしまうと、いくら細部が優れていても、成果につながりません。

 一例を挙げましょう。米ゼロックスは、アップルよりも先に、今日のパソコンが標準的に備えているグラフィカル・ユーザー・インタフェース(GUI)やマウスなどの基礎技術を開発していました。しかし、彼らには明確なビジョンがありませんでした。それらの技術を、何のために使うのか、何をしたいのかがはっきりしていなかったのです。

 その一方で、ジョブズ氏はゼロックスの技術を見て大興奮しました。「これで、自分が思い描いているパーソナルコンピューターが作れる」と。彼には、その技術をどう組み合わせればいいのかという、軸がちゃんと備わっていたのですね。

 ジョブズ氏自身はパーソナルコンピューターの発明者でもなければ、スマートフォンの発明者でもありません。しかし、彼のビジョンによって、既存の技術が組み替えられ、世界が大きく変わったのです。

 ですから、イノベーションを起こすためには、まずあなた自身が「何をしたいか」を明確にさせる必要があるでしょう。

その3:創造力とは、つなげる力である


 ここからは、技術的な話になります。情熱とビジョン、これらを基に、どうやってイノベーションを生み出していくのか。これは、先に申し上げたように、組み合わせの妙に尽きます。

 ここで強調しておきたいのは、一見すると脈略のないような事柄が、思わぬイノベーションのヒントとなる可能性があることです。例えば、ジョブズ氏が、カリグラフィー(欧文の文字を美しく書く技術)のクラスを大学で取りましたが、これが後にマックを開発する際のフォントに影響を及ぼすことになります。マックは、開発当初から複数のフォントが搭載され、これが製品の特徴にもなったわけですが、そのきっかけは、ジョブズ氏の大学時代の経験が生きたのです。

 その時は、仕事に関係のないことでも、後に生きる体験をなるべく多くしてください。非効率に見えても、それが実は組み合わせる力を養うために有益な場合もあるのです。私が特に、おすすめしたいのは、旅をすることです。日常とは違う世界を体験することで、発想力がとても刺激されます。

 何にでも興味を持ち、積極的に体験をしてください。それらの「点」がある日結びつく時がくるでしょう。多くのイノベーターが、積極的に色々な体験を好むのは、こうしたコツを感覚的に理解しているからかも知れません。

 繰り返しになりますが、自分の世界とは別の世界を知ることが、イノベーションを生み出す大きなきっかけとなるのです。

その4:製品はあくまでもビジョンを体現する手段

 仮に、組み合わせの力を生かして何か製品を作ったとしましょう。この時、気をつけていただきたいのは、出来上がった製品は、あくまでも自分のビジョンを顧客に伝える手段でしかないことです。


 ジョブズ氏は、製品を売るのではなく、それを通して、彼の夢を売っています。製品とは、あくまで描いたビジョンを顧客に体験してもらうためのツールという位置づけなのです。

 その製品を通じて、どんなメリットが得られるのか。何が具体的に経験できるのか。こうした点を、是非徹底的に考えて欲しいと想います。製品そのものを作ることが目的になってはいけません。

その5:大事なのは何を足すかではなく、何を引くか

 アイデアイノベーションへと昇華していくためには、「何をしたいのか」を極限まで絞り込んでいく必要があります。大事なのは、何を足すかということではなく、何を捨てるかです。

 iPhoneiPadMacBook Proなどの製品デザインを担当したジョナサン・アイブ氏は、製品を徹底的にシンプルにします。製品の無駄を削って、削って、最後に残ったエッセンスの部分だけを抽出し、世に送り出していきます。あれもできる、これもできるでは、その製品が本当に訴えたいメッセージがぼやけてしまうことを、熟知しているのですね。

一言で、何をしたいか言えるか

 ですから、一言で、その商品や作品がなにかを説明できていなければ、まだまだ削れるところはあるということです。

 これも余談ですが、アップルのサイトは、無駄を省いたことを示す象徴的な画面構成になっています。余計なものは一切掲載されていません。その時に彼らが最も伝えたいメッセージと製品写真があるだけです。

 とかく人は多くを説明したがります。しかし、本当に受け手に何をいいたいのかを伝えるためには、逆にシンプルにしなければダメなのです。

その6:モノより思い出を提供する

 これは、「その4」と本質的には似ていますが、要するに、開発した製品を通じて、顧客が、どのような体験ができるかにまで、想いを巡らせていく必要があります。

 典型例は、世界に展開するアップルの直営店「アップルストア」です。ここは、アップルの製品売り場ですが、店舗の設計は、従来の小売り店舗とは一線を画しています。

彼らが意識しているのは、ホテルのロビー、バー、サロンのような雰囲気です。参考にしているのは、世界最高峰のサービスを提供すると言われている、フォーシーズンズホテルです。単純に、アップルの製品を売るのではなく、顧客に上質な体験、思い出を提供することを、第一に考えられているのです。

 製品が、顧客にどんな体験を提供できるのか。それは、どのような方法で提案できるのか。それを、徹底的に追求したのが、現在のアップルストアといえます。顧客に最高の製品を届けたいなら、まずはこの点を意識する必要があるでしょう。

その7:ストーリーを語っているか

 最後は、自分が手がけた製品やサービスをいかに語れるか、という点です。この製品は、どんな思いで作ったのか。何がもっとも大事なのか。ストーリーとして語ることが重要です。

 それができて、初めて顧客は開発者に思いを巡らせることができますし、それが製品に対する距離を縮めてくれます。

いい企画にはいいストーリーがある


 優れたイノベーターに、優れたプレゼンテーターが多いのは、彼らは皆、開発する過程をストーリーとして語られるからなのです。ジョブズ氏のプレゼンを一度でも聞いたことがあるなら、彼が一般論で何かを話すことはしないということが分かると思います。彼が考え、苦悩してきたプロセスをストーリーとして語り、その結果として生まれた製品を紹介していくのです。

 いかがですか?こうして見てみると、7つはチェックポイントとしても使えるかも知れません。自分が企画を考える上で、これらの7要件を満たしているかどうか、一度振り返ってみると、よいかも知れません。