被災地視察

2006年の中越地震の際、小泉純一郎元総理も、被害の大きかった長岡市小千谷市の視察を行っている。地震発生から3日後、政府の大まかな復興計画がまとまり、現地の状況が落ち着くのを待っての出発だった。小泉元総理は被災者の集まる避難所で、被災者らの話を聞き、ヘリコプターに乗り、上越新幹線脱線事故現場と、道路が寸断されて孤立した山古志村を上空から視察した。

予定のスケジュールを終えて、報道陣のぶらさがり取材に応じ「できるだけ早く元の生活に戻れるようにしてほしいというのが被災者の皆さんの切実な願いだと思います。今後とも政府のみならず、関係自治体と協力しながら対策を講じたい」と話した。さらにその場で小泉元総理は、山古志村小千谷市で起きた土砂崩れによる河道閉塞で起きた浸水被害に対し、床上浸水300万円、床下浸水200万円を見舞金として一律に給付することを決断し、発表したのだ。現地の住民が大いに歓迎したのは言うまでもない。

義援金は、住宅の全壊にいくら、半壊でいくら、死亡者に対してどれくらいという配分基準が決められるのが一般的で、浸水の被害はどんなに深刻でも政府の復興計画の対象外となっていた。床上浸水、床下浸水に見舞われた方々を支援する法律がなかったのである。浸水被害に地元が苦しんでいるという情報は、地域の自治体から官邸まで事前に上がってきており、関係省庁もいつでも必要な対策を実施できるような準備は進めていた。しかし、現行法で支援できない場合、トップリーダーが自ら決断することが必要になる。

総理が動くということはこのような重大な決断を行う場合に限られるべきだ。政府としての復興計画を策定し、その計画の実施対応がどの程度進んでいるか、現地の自治体と霞が関の官僚が書面上でまとめた計画だけではケアしきれない部分があるのかどうかを、総理自身で最終確認をするために、現地に出向くのである。総理が現地に入ることは、被災地にとって朗報が届くということでなければならないのだ。



まともな復興計画もたてられず、被災者を励ます能力すらない総理が被災地視察に入るとどういうことになるか。私の心配もむなしく、菅総理は4月2日に岩手県陸前高田市を、10日に宮城県石巻市を視察してしまった。私が考える総理視察とは違い、ただ見に行っただけの「観光旅行」である。

陸前高田では、土足で避難所の体育館に上がろうとして周囲に止められたとか、瓦礫が臭いと文句を言って現地の人々にあきれられたという情報もある。石巻に出かけたときには、避難所の人々に「がんばってください」「何が必要ですか?」だけしか話しかけられず、会した被災者から「がんばれとしか言えないのか」「何を言っても無駄」と冷たくあしらわれていた。震災発生から1カ月もたとうとしている時期に、この発言である。被害の全容を把握し、具体的な復興へのロードマップを被災地に示すべき時期に来ているのに、これしか言えないとは。

よほど自分に自信がないのか、これらの被災者との交流の様子は撮影禁止だった。さらに、せっかく現地に行っているにもかかわらず、ぶらさがり取材も拒否した。なぜ国民に向かって安心・安全を訴える絶好の機会を自ら潰すのだろう。

現職の総理大臣が自ら被災地に出向くという意味の重さを理解できないことは、本当に残念だと思う。今後も視察は予定されているが、原発事故による避難指示が二転三転し、疲労が極限まで達している被災者たちは、どんな気持ちで菅総理を迎えるのだろう。これを機会に、政治家やメディア、そして芸能タレントが現地に入るのも、もう少し考えてはどうだろうか。彼らが現地に入っても、それだけでは何のメリットもない。少なくとも自衛官と同じように、寝袋や自前の食料を持ち、絶対に被災地に迷惑をかけないことを前提にしてほしい。とりわけテレビカメラを引き連れて、政治家や芸能人が炊き出しをしているのは、間違いなく売名行為だ。菅総理同様に普段の活動でうだつがあがらないのはわかるが、被災地では陰徳を積んでほしい。

逆に私が賞賛したいのは、スマップの中居正広さん、大相撲の貴乃花親方、政治家であれば小泉進次郎衆議院議員だ。中居さんは、スマップとして4億円以上の寄付をしたうえで、極秘で福島の原発から60キロメートルの被災地を訪れ、炊き出しをした。貴乃花親方は、通常のボランティアが行きにくい僻地を一つ一つ回っている。進次郎議員は、米軍や横須賀と被災地の仲介役を引き受け、連日のように支援物資を届けている。長野県栄村や野沢温泉村まで助けに入っている。被災地が東北だけではないことを知っている国民は何人いるのだろうか。

日本には、誰かに評価されたいわけではないのに行動できる人物がいる。私は心を打たれた。