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作家の村上春樹氏は、『走ることについて語るときに僕の語ること』の中で、ジャズ喫茶の経営に関して次のような言葉を残しています。

十人のうちの一人がリピーターになってくれれば、経営は成り立っていく。逆に言えば、十人のうちの九人に気に入ってもらえなくても、べつにかまわないわけだ。そう考えると気が楽になる。しかしその『一人』には確実に、とことん気に入ってもらう必要がある。そしてそのために経営者は、明確な姿勢と哲学のようなものを旗じるしとして掲げ、それを辛抱強く、風雨に耐えて維持していかなくてはならない。
商品を買ってくれる顧客がいない限りは、いかなるビジネスも成り立ちません。しかし、新規顧客の獲得には、リピーター獲得の5倍〜7倍のコストがかかると言われています。さらに、近年では新規顧客の獲得コストは上昇し続けているという指摘もあり、いきなり新規顧客の獲得に動くのは賢くありません。

こうした新規顧客獲得のコストを考えれば、活動の対象となっているのが全く新しい製品の開発でない限りは、まずは既存の顧客にフォーカスするのがマーケティング活動の王道であることは明らかでしょう。どこの会社でも、今現在の売上げは100%既存の顧客によって成り立っていることを決して忘れてはならないのです。

他の壁に穴を開ける前に「一度商品を買ってくれた顧客は、高確率でリピーターにできる」という状態(システム)を構築しておくことが重要です。さもないと、いつでも最もコストのかかる新規顧客の獲得にばかり血道を上げることになり、利益がおぼつかなくなるからです。

新規顧客がリピーターに「昇格」してくれるために必要になる最重要の概念が「期待の管理(expectation management)」という発想です。ライフネットの岩瀬さんも、過去のエントリで「結婚」という彼らしいユニークな文脈で、このexpectation managementに触れていました。

新規顧客が商品の購入するとき、商品のもたらす効果にある一定の「期待」を持っています。この期待を上回ることができれば、新規顧客はリピーターになってくれる可能性が高まります。


商品の効果が期待を上回った場合、顧客は平均で7人の人に商品を好意的に紹介してくれると言われています。消費者の60%以上が、商品の購買にクチコミを頼りにしていると言われる現代において、この期待の管理が持つ意味の大きさは強調してもしきれません。

逆に期待を裏切って顧客を失った場合、顧客は平均で11人の人に商品の悪い評判を語り、さらにこの11人がそれぞれ5人の人に悪い噂を流すと言われます。全体で66人もの人に、商品を悪く宣伝されてしまうということです。

期待を常に上回るように心がけていれば「最高の営業マンは、満足している顧客」と言うように、後はクチコミでリピーターの輪は広がっていきます。しかし逆に期待を裏切れば、その損出は無視できないほどに大きなものになります。現代的な評判の「加速度」を意識する必要があるということです。

売りたいがために、商品について嘘をつくのは最悪です。賢い企業は、自社にできることだけを約束し、実際にはそれを十分に上回る商品を提供することで顧客を喜ばせているのです。

自分の商品に関する悪い情報は、とにかく先回りして顧客に話してしまうことが重要です。特に、いずれ顧客が見つけることになる商品の欠点を隠しておくことは、この期待の管理という面からは致命的な間違いです。

逆に欠点を正直に話すことで、顧客は企業への警戒を解いてくれることも多いものです。ここで欠点とは「顧客が気に入らない点」であって、自分達が考える弱点とは往々にして同じではないので注意してください。

誇大広告のリスクがいかに大きなものであるかを考えてみて下さい。商品がもたらすことができる実際の効果を誇張して顧客に伝えれば、顧客はリピーターにならないばかりか、顧客は商品に関する悪い情報を多くの人に伝えます。