相互依存な関係の構築


カナダの心理学者たちが、競馬場にいる人々について興味深い事実を発見しました。馬券を買った人は、買う前と比べて、自分が賭けた馬の勝つ可能性を高く見積もるようになっていたと言うのです。

これはマンションを購入した人が、購入前は地価の値動きやら、金利の変動やらが不安で不安で仕方がなかったのに、いざローンを組んでマンションを自分の物にしてしまった後は、賃貸よりも持家のほうが圧倒的に得だと楽観的に信じ込むのと同じです。

また、就職活動中は、どこの企業にもそれなりに良い部分と悪い部分が見えていたのに、いざ就職先が決まると、自分が入社することになった企業こそが最善の選択に思われ、さらに他社の悪い部分が強調されて感じられたりするようになるものでしょう。

人間には、既に自分がしたことと一貫していたい、他人に一貫した人間だと思われたいという強迫観念があります。特に、ある立場を取るという表明を外に向かって行うことは「過去の自分の決定と立場を何としても死守しなければならない」という圧力を自分で自分にかけるということです。これを俗に「一貫性の魔力」と言います。

ファンとリピーターの違いは、ファンは自らがその商品のファンであることを内外に認めている(立場を表明している)という点です。ファンはこれによって「一貫性の魔力」の影響下にあるという点が重要なのです。

ファンは、リピーターよりも商品の評価が甘くなります。期待を裏切るような商品を出せば、リピーターは去って行きますが、ファンの多くは商品ではなくて、企業の理念に賛同しているので、リピーターよりは我慢強いものです。

確かにリピーターも商品の宣伝をしてくれます。しかし、ファンによる商品の宣伝には自己が投影されますので、リピーターのそれとは比べ物にならない力がこもります。

これが、商品に関心はあっても商品の購入に踏み切れていない潜在顧客など、他の階層にある顧客の背中を押す強烈な原動力になります。特に有力な人物がファンになってくれた場合は、その事実がそのまま大きな宣伝となります。
 
もちろん、ファンが離れるほどに信頼を裏切ってしまえば、商品のネガティブな宣伝を大々的に実行することになってしまうので、企業はファンを特に大切にしないとなりません。端的に言えば、ファンと企業は、その評価において相互に依存する状態にあるということです。ファンは企業にとっては「身内」なのです。

こうしたファンの獲得には、個人が、ある商品や企業のファンであることを安心して表明しやすい雰囲気作りが重要になります。この雰囲気作りの鍵になるのが「他にも多くの人が支持している」という事実(「社会的証明」と言います)を強調することです。もちろん商品が優れていて、そうした事実があることが前提です。

お笑い番組では、視聴者に笑ってもらいたいポイントで、録音された「笑い声」が流れますね。あの笑い声が無ければ、意外と笑えないギャグが多かったりすると感じたことはありませんか?

講演会などでは、スピーチが終わった直後に誰かが拍手をすると皆が一斉に拍手をしますが、逆に誰も拍手をしないとシーンと静まり返ったまま、間の悪い時間が流れることもあります。人間は、どうしても他人の判断が気になる生き物なのです。

実際、人間は、他人が何を正しいと考えているかに基いて、物事が正しいかどうかを判断する傾向があることが証明されています。要するに、多数決で人数が多いほうの選択を魅力的に感じるということです。子供は親に何かを買ってもらいたいときに「学校の皆が持っている!」と主張しますね。子供ですら、こうした心理的なツールを親に対して利用しているのです。

「お友達紹介キャンペーン」は、ここで取り上げた理論を利用した優れたマーケティング手法です。この紹介キャンペーンは、顧客が友達に商品を紹介して、友達がその商品を買った場合は、なんらかの特典がもらえるというものです。

友達に商品を紹介した顧客は、自分がその商品に満足していることを伝えることになり、そこに「立場の表明」が行われ、この顧客はリピーターからファンに昇格します。このときには「他の皆も商品を使っている」といったことがコミュニケーションに利用されるはずです。

このキャンペーンの重要なポイントは、仮にこのキャンペーンによって新規顧客が得られなくとも、リピーターによる立場の表明は発生するため、ファンが増えるというところです。