スイッチング・コストへの攻撃


世の中に、本当に新しい商品などそうそうありません。ということは、新規顧客を獲得するということは、実際には、競合他社の既存顧客を「奪う」ということを意味していることが普通なのです。

競合もマーケティング活動を正しく行っている限りにおいては、当然、新規顧客をリピーターに、リピーターをファンにしようと日々血の出るような努力しています。実は、この第4の壁を越えることが一番難しいのです。創業まもない企業は、この新規顧客の獲得からマーケティング活動が始まるからこそ、その多くが成功しないのです。

例えば、多くの人がマックPCに関心を持ってはいても、実際にはウィンドウズPCのリピーターであることをなかなか止められないでしょう。これには「スイッチング・コスト(乗り換えのコスト)」という概念が密接に関係しています。

ウィンドウズPCからマックPCに乗り換えるということは、単純にマックPCを買うということではありません。マックPC本体にプラスして、必要になるソフトも新たにマックPC用として買う必要があります(金銭的コスト)。さらに、それらをインストールしたり、購入したりするのは面倒なことです(心理的コスト)。そして慣れ親しんだウィンドウズと同じようにマックPCを使いこなせるようになるには学習のために相当な時間がかかります(学習のコスト)。こうした乗り換えにかかる全てのコストを足し算したものがスイッチング・コストなのです。

競合から顧客が奪えるのは、そんなスイッチング・コストを支払ってもなお、こちらの商品のもたらす効果のほうが魅力的な場合に限られるのです。


商品のもたらす効果 > 商品の価格 + スイッチング・コスト

理屈では、商品のもたらす効果を高め、商品の価格を安くすれば、競合から顧客を奪えます。しかし現実には、競合の商品だってそれなりに魅力的だし、価格に影響する商品の製造コストだって極端には違わないはずです。では、実務的に打てる手はないのでしょうか?

実は、スイッチング・コストは一定ではありません。

簡単なことではありませんが、オプション部品や操作性において、自社商品の競合との互換性を高めれば、金銭的なコストと学習のコストに攻撃をしかけることが可能なのは明らかでしょう。とはいえ、これらの攻撃にはそれなりにコストがかかります。そんなスイッチング・コスト中でも最も容易に攻撃できるのは心理的なコストです。心理的なコストは、以下3つのタイミングにおいて小さくなります。

タイミング1.競合が不在のときの「仕方ないな・・・」を狙う

あなたがラーメン屋を経営しているとすれば、近所のラーメン屋の休日を漏れなくチェックし、その日に「お客様感謝デー」を重ねます。タクシー会社を経営しているのであれば、電車のストやダイヤの乱れを狙うと効果的でしょう。競合が新商品の開発に遅れたり、在庫や部品を切らしたりして、顧客が商品が必要なきに競合が商品を供給できないケースも当然狙います。

タイミング2.競合が忙しいときの「客をなめているのか!」を狙う

決算の前後、好況の出入り口、不況の出入り口、特定事業への新規参入や撤退のときというのは、どこの企業も忙しくなります。こうしたタイミングでは、競合にとって優先順位の低い顧客への対応が遅れるもので、顧客は自分が大切にされていないことに気がつきます。このタイミングなら、競合の顧客が「寝返る」可能性が高くなります。

タイミング3.顧客に余剰な資金があるときの「何でも良いから、とりあえずもってこい!」を狙う

個人の顧客であれば、やはり給料日やボーナスの前後を狙います。結婚や昇進などのイベントで、金回りがよくなる人もいるので、そうしたタイミングもフォローします。

小さなノウハウとしては、解り易いボーナスの時期は、ボーナス商戦が起こっていることが多く、そのタイミングでの競争は激しすぎるので、ボーナスが年3回ある企業や、ボーナスの時期が特殊な企業などに狙いを絞ると、意外と楽に顧客を奪うことができたりします。企業であれば、業績の良かったときはもちろんですが、期末で予算を使い切らないとならないときが大きなチャンスなのは広く知られています。

砂漠で水を売るのだって、顧客の喉が渇いているタイミングを狙わないとならないでしょう。競合から顧客を奪うためには、商品への需要が生まれる「貴重なタイミング」を逃してしまってはどうにもならないということです。

■ まとめ

良いモノさえ作ればとにかく売れたような時代は終わりました。そこでマーケティングの基本を知っておく必要があるのですが、その入り口としては、顧客との関係性の管理(CRM)の発想を理解するのが良いと思います。B2BとB2Cのどちらにも適用できる点も、このモデルの優れた特徴です。

このモデルの運用(戦略の実行)において最も重要なのは「リピート顧客を生み出す仕組み」の構築です。これががあればこそ、高コストをかけて多くの顧客を競合から奪っても、後のリピーター化によってそのコストを回収できるのです。